戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『ある日、一人でお伺いし稽古が終った後、先生が五、六個の石笛をお持ちになり、この裡一個、茶褐色のものを、私に給わるとの事、私は予期もしていないし、びっくりして入門したての自分が、その様な好遇に会うのが信じられなかった。先生は言葉をつがれて、之は長沢翁門下の宮城島金作氏が、稽古中神界に誘われ大己貴命に拝閲を赦され際、同行の御眷属様が下さったものゝ一つで、仝氏は両三度地主にお目通りした由である。これが稲葉大美津翁から先生に伝わったとの事、「どうも貴方は稲葉先生と何か御縁があり、 何れ他感法の折に、この事をお尋ねする」とのお言葉であった。
勿論この石笛は現在使用中のものである。非常に小型のもので、軽く仲々音を出すのに困難極まるもので、十数年来、朝夕吹いているが、相変らず良い音を出すのに苦心している。後にこの穴を見た所、丁度赤子の生毛の様なものが無数に生えており、どうも植物の化石の様であるが、私にとって、之は心身の一部といつも感じている。
この折、先生の御質問で、石笛に天津神系と国津神系の区別があり、当然天津神のものが上位である事、又一心吹くとこの音(幽の意味において)その石笛の出た神界に通ずる由である。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
大久保翁は佐藤先生の門下では、鎮魂法、帰神術ともに他の弟子達の追随を許さぬほどのレベルで、先生の信頼も厚かった。先生はその人がどのくらい霊的に成長するかがお分かりになるので、将来を見通した上で、大久保翁に貴重な石笛を授けられたのだろう。筆者も大久保翁に言われて何度かこれを吹かせて頂いたことがある。しかし全くと言ってよいほど音が出なかった。やはり然るべき神縁がなければ、或いは神界の許可がなければ、その岩笛を吹くことはできないのだと思う。神界に通ずるような岩笛は、使う人を選ぶのだろう。