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大和心

第826回 本田霊学の継承 戦後編-64

著者:小山一夫 / 公開日:2025-04-25

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『この音と先生が鎮魂修業中霊肉分離し、空中に抜けた際さわやかな風を感じたものと全様、あく迄も幽のものである。 その帰途から三日間位、自分の身体が何丈にも伸びて、高い建物も眼下に見ると言う不思議な目に遇わされた。

前条の稲葉翁は、当時帰幽された時期と思うが、清水市の白髪神社の社司でもあったとの事、遠祖は知らず、もしも私が稲葉翁と何等かの御縁があったとすれば、両神社の御眷属霊の交流かも知れぬと、考えついた事ではあるが、之もすべて憶測の域を出ず、真実はすべて冥々の裡 のものと思う。此処で重要と思う事は、先生の御経験は、あく迄御自身の鎮魂力であり、私の場合は、全社御眷属様の活きと思われ、本質的に異るものがある。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)

大久保翁はしばしば「白髪神社と神縁がある」と言っておられた。この社の御祭神は猿田彦大神、つまり審神者の司神である。そのせいか、大久保翁の審神者は殊の外厳しく、翁との稽古の際には、先生とは異なる緊張感があった。先生の場合は霊的な畏怖だが、翁の場合はそれとは違う恐さがあった。いつも前夜まで皇法の勉強をして幽斎に臨むが、そのような予習が帰神術の際に役立ったことは一度もなかった。転霊についても、先生のは強さと共に穏やかさがあったが、翁の転霊は非常に厳しく圧倒されることが少なくなかった。もちろん幽斎の雰囲気は、審神者によって様々だが、大久保翁の転霊はまた格別だった。