本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。
(現代語訳と本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者)

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産土神徳講義(上)
(注)本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。
<考察/筆者>
結論をいうなら、そもそも「自感法」は「神を自ら召喚し、神懸かりをする」法ではない。それは審神者が神界の許可を得て「霊を引く」際の原理である。ただし半身に留めて行わないとならないが。そのような基本的な部分について誤解するようでは、他の部分についても信憑性が疑われよう。
自感法は自らの一霊四魂を肉体から分離させ(霊肉分離と云う)、自らの意思で神界へ至らしめる能動的な神人合一の法である。一方他感法は審神者により転霊された神霊を神主の内において神人合一させる受動的な術である。故に、自感法を実現するためには何よりも、自身の霊魂を運転活用して霊肉分離させる鎮魂法の鍛錬が必要なので、その意味では鎮魂法の延長線上に自感法の実現があるといっても間違いではない。
本田翁は「霊学は心を浄くするを以て本と為す」という。この産土神徳講義では、この浄心に焦点をあてて上記のような瞑想を指導しているが、それはあくまでも聴衆が霊学を専門的に学ぼうとする人達でないという点を忘れてはならない。対機説法だと理解すべきだ。