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大和心

第832回 本田霊学の継承 戦後編-65(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-04-28

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

此れも神神社の経験である。昭和四三年頃と思うが、先生が勉強された資料をお貸りして筆書していた折、お便りで、之が必要となったので郵送して欲しいと連絡を頂いた。

次の日曜日、之を持参してお伺いの処、浦和の伊藤嘉英先生が先客として来ておられ、先生から、伊藤さんが神神社でお稽古を受けたい希望であるが、貴方も行きませんかとのお誘いに喜んでお供をした次第である。

早速仝社拝殿に於いてお稽古を受けた。大変むずかしい事を質問されたと思うが、仝社の雰囲気は、大変壮厳な感じで体を切り始めの自分は、心身の引きしまるのを禁じ得なかった。体を切って、すぐ先生の側 (御社殿の方)に何者かゞ座っているのが察知出来た。帰途先生にこの事をお尋ねの所「本田翁が絣の着物姿でお出ましになった」と御説明があり納得された。先生のお話しでは、他感法の場合のみに限って、本田・長沢・稲葉の各翁が現われて、時によると転霊の秘事について、お教えを給うそうである。この他感法に於いて、神主に憑られる神霊は元来が神である命様であって、人がこの世に於いて、すぐれた径行を築き、帰幽したとしても、千年を経ねば、他感法の折憑れぬと言う不文律を聞いた事がある。以上の三翁は、径業衆にすぐれた方々とは申せ、憑られたと言う事は、まったく聞いていない。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)

大久保ノート(42年6月11日)にも、「佐藤先生に、帰幽後本田翁が帰神の際に憑りたる事なきやと尋ねた所、長沢先生の時代にも、勿論現在にもなしとお答えあり。」とある。たとえ本田翁(没後に御眷属となられたが)のような優れた審神者でも、千年間は御懸りになることはない。