太政大臣は,天皇を輔翼,庶政を総判,祭祀,外交,宣戦,講和,立約の権,海陸軍の統治および宮中軍務を任とした。
85年内閣制度実施で廃官となる。
]とも参議(さんぎ)[=明治初年から内閣制度実施までの政府要職。
1869年(明治2)7月の職員令官制で、左右大臣、大納言とともに太政官(だじょうかん)の職として新設された。
職掌は大納言と同じく大政に参与するものである。
71年廃藩置県に伴う官制改革で、太政大臣、納言と正院(せいいん)を構成。
大久保利通(としみち)、木戸孝允(たかよし)、板垣退助(たいすけ)、大隈重信(おおくましげのぶ)ら薩長土肥(さっちょうどひ)藩の実力者が任命され、実質的に政府の実権を握るようになった。
73年征韓論政変後は、各省の長官=卿を兼任する者もあり、定員も増加、参議の権力はより強大化した。
80年いったん参議と省の長官が分離されたが、翌年にはふたたび兼任が行われた。
85年内閣制度実施で太政官制の廃止とともに廃官となる。
]にでも、その[才能の]程度に従って昇進し、第一にその人がどこの国衙[=平安後期以後、国衙の支配下にあった国衙領、国領。
ここでは、国、程度の意味]の出身[であった]と[しても]、皇国[=日本]中は言うに及ばず、西洋各国にいたるまでもその名が雷のように天下に轟くよう[な人物]になれば、第一には産土の御名、その村の名、その先祖の名、その親兄弟親戚の名まで正史[=正当なものとして国家的に認められた歴史書。
また、国家として編修した歴史。
]や実録[=広義では、事実をありのままに記録したもの。
狭義では、編年史(へんねんし)の形式の一。
ある帝王一代の出来事を年を追って記録したもの。
]に記されて、天地とともに不消不滅のものとなる。
これが生前の名誉と言うべきもの[である]。