戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『㋥ 先生のお話では、お若い折、御穂神社の稽古会参加の際、三保の松原の枝に、烏天狗の恰好をしたお使い神が、休息をしているのを視たと言われていたが、私も来宮神社に参加した折、それらしき神を拝した事がある。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
月見里神社の祭典の日、終了後の直会で大久保翁が先生に「今日は本殿に向かう両側に御眷属方が装束をつけて並んで居られたのがみえました」と言われた。先生は「大久保さんにはそう見えましたか。私には光の玉(御眷属の霊魂)が列をなして並んでいたように見えましたが」と仰った。大久保翁が帰路、「先生とは見える次元が違う」と言われたのを思い出す。ただどのように見せるかは、神界がお決めになることであるが。