本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。
(現代語訳と本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者)

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産土神徳講義(上)
(注)本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。
<考察/筆者>
ここでは出雲の杵築大社、大三輪の社などの神社名が出てくるが、これらは司神を特定するために神社名が出てくるものと解釈していいだろう。
天ノ高市については、天津神の領域と国津神の領域の境に、天ノ高市という特殊な無形の神域が存在し、そこで国津神の影響下である顕の幽と、天津神の幽の顕が入り込み、混じり合うものと、筆者は理解をしている。