神主によって神気の質が変わるので、高等眷属、中等眷属、普通眷属それぞれの神気の質の違いがわかるようになる。それが審神者になった時に、とても役立つことになる。稽古会に参加することの重要性はそこにもあると言えよう。
勿論その様な強烈な神気を何度も浴することになれば、それは大きな祓いとなる。神主として審神者の前に坐ることが最善なのは言うまでもないが、同室にいる体験も貴重な事なのである。
また参加者の中には、帰神術の際に妖魅系の憑霊になる人も少なくない。初心者には審神者は祓いだけで転霊はしないが、それでも日頃変な宗教を信仰していると妖魅霊が憑る場合がある。このような場合は、同室にいても頭痛がしたり、気持ちが悪くなったりと、陪席者にもわかるような反応がある。傍らで妖魅界の雰囲気を味わうことも、将来審神者になった時に役立つことだろう。またその様な時に審神者がどのような対応をとるか、それも勉強になる。
佐藤先生も大久保翁も、そのような場合、絶対に御名など質問しない。ただ無言のまま、幽で睨みつけ神主から出てゆくように諭す。それでも逆らうならば、霊縛という話になるわけだが、佐藤先生曰く「これまで霊縛を行ったことはありません。妖魅霊は皆その前に逃げてゆきますから。」とのこと。恐らく「格」の違いが分かるのだろう。
自称審神者の浅野和三郎氏は大本時代、妖魅霊に対して正邪を判断するために長々と質問を続けたそうだが、本田霊学からみれば、時間の無駄としか言いようがない。