つまり彼曰く、鎮魂法だけでなく、まともな帰神術の経験もないとのこと。神気を感ずることができずに、そして受霊がどういうものか全くわからずに、審神者の真似事をしていたのだ。彼は、連日数百人を相手に鎮魂帰神法の指導を采配し、大本を代表する審神者(?)として活動していた。彼を信じて集まった人達が可哀想でならない。
そもそも浅野氏自身、正神界の神気もわからないのだから、憑った時点での正邪などわかるはずもない。だから延々と質問を繰り返すだけで済ませていたのだ。
中には問答しているうちに相手が狂暴化し、浅野氏の頭部を殴りにきたり、果てはピストルで撃とうとしたのもいたそうだ。その辺りの話は「心霊学より日本神話を語る」(浅野和三郎著)を読まれるといいだろう。
いずれにしても、これが鎮魂帰神法が盛んに行われた大本全盛期の状況だったのだ。トップの浅野氏がこの通りなのだから、大本に正神界の審神者など一人もいなかったのがよくわかる。この浅野氏の審神者(?)を受けて大本に入信したのが、友清歓真氏だ。他にも理由はあるが、結局彼は「鎮魂帰神の威力に感激し」(「新・日本神人伝」)大本に入信する。
審神者の伝授を受けなくとも、適当に見様見真似で上辺だけ真似することは出来るかもしれない。だが中身の伴わない張りぼて技は身を亡ぼす。そのような例を挙げることは容易だが、差し障りもあるので、ここでは控えたいと思う。
審神者の法は、極めて難しい。そして何よりも、神界の許可がなければ、審神者にはなれない。従って過去もそして現在も、自称審神者が少なくない。実に嘆かわしいことだと思う。