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大和心

第870回 本田霊学の継承 戦後編-84

著者:小山一夫 / 公開日:2025-05-23

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『㋦ 私は病身の為もあり、あまり神社には参拝しないが、それでも産土神や御縁のあった神社には、正月とか大祭には、時折参拝するが、入門後相当の期間を経て、丸い玉を視る様になった。各神社に依って、之が光る玉であったり、紫や緑や赤の薄く混ざったもの、乃至は半ば汚れたものと、各種各様であるが、やはり白銀色の玉が原則と思う。勿論之は各社の御眷属霊である。大霊に接する事は殆んど皆無である。年を経るに従って、各社の霊魂が大きくなるのを発見した。この例などは前項の幽斎の例によるものゝ一つであろう。

ちなみに人の霊魂も、元来光る玉であったものが、ひどいのになると、真黒であったり又は茶色で、しかも炎をたてヽいる様なものもある。又、一度偶然に犬の玉を視た事があるが、これも茶色で、人間の玉の三分の一程度のものであった。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)

大久保翁も最初は神仙道を学んでおられたため、中々それらを捨てきれなかったようだが、ある程度時間をかけて心の整理をし、初心に還って本田霊学に取り組まれた。元来才能豊かな方だったのだろう。その後の急速な霊的進歩は他に例をみない程だった。佐藤先生も大変頼りにされていたし、若い方達からも随分慕われていた。あと5年でも10年でも御指導頂きたかったと残念でならない。