戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『㋕ 先生は、お若い折、猛烈に修行され、僅か三年半位で、鎮魂に於ける霊肉分離に達した由。私の様な凡愚な者は、相当の努力を傾注した積りであるが、十数年経過して、少しづゝ悟る様になった。当初座ると言うのが苦痛であり、時折嫌気もさした。これが何時の間にやら楽しみに変る様になると、占めたもので、行わないと、その一日が無駄に過した様な感があった。順次その境地が深くなり、時折、自分と石の間に、自分が座っていたり、空中に抜けた後満天の星の輝きを見たり、はるか眼下に地球を見たり、種々の現象に会ったが、之等は、鎮魂の終極に至る、単なる一過程に過ぎぬと思っている。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
来宮神社の稽古の後、毎回熱海駅2階の小料理店にて直会をするのが定番だった。大体5~8人だったので、筆者はいつも先生の前に坐りお酌をするのだが、ある時、大久保翁が「先生、実は最近鎮魂中に下の方に地球が見えるのですが」と言った。先生は「それはよかったですね。ところで星雲は見えませんでしたか」と。大久保翁はやや驚いた様子で、「星雲ですか」と一言。
その後もお二人でお話しされていたが、筆者と斎藤氏はただただ啞然として聞き入るばかりだった。霊肉分離後にどのような体験をするかを傍聴していたが、とても話に入ることは出来なかった。質問するレベルにも至っていないと痛感した次第。