公式・正式幽斎の前に、神界から御指示や御注意を受けるための準幽斎を行うのが通例である。その際に、いつ行うかの時期や参加者についても神界から御啓示を戴く。
この公式・正式幽斎だが、幽斎とはいえ顕斎の形式も重視されている。これは本田翁の言われる「幽斎は神殿有る無く。奠幣有る無く、祭文有る無し。霊を以て霊に対するのみ」(「真道問対」)や、「幽斎は霊を以て霊に対し、顕斎は形を以て形に対す、故に幽斎は神像宮殿無くして真神を祈る。顕斎は神像宮殿有りて衆神を祭る」(「道の大原」)に一見矛盾するかのように見えるが、これは必要不可欠な要素について、それぞれ語られたもの。
「真道問対」に「(問)斎(マツリ)に幽顕有る乎。(対) 神武紀に顕斎と曰る有り、是也。顕斎有れば、則ち幽斎有ることと知る可し。故に顕斎にして幽斎ならざるは非也。幽斎にして顕斎ならざるも亦非也。」とあるように、人間が有形の体をもって無形の神に対する以上、敬神の念を形に示すこともまた重要である。それ故、礼を失することがないように、準幽斎に於て御指示を受けることになる。