本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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古典における幽斎の記述
古事記と日本書紀には、鎮魂や神憑りに関する記述が少なくない。それは古代日本に於て神祇への祭祀が盛んであったことの表れでもある。本稿では、「顕神本田霊学法典」を基にして説明するようにしているが、この「古典における幽斎の記述」については、特に以下のA~Oの15例について精査したいと思う。(太占については別途考察するつもりだ)
Aは、大国主神御自身による「神の自感法」と「神の鎮魂(みたましずめ)」
Bは、大己貴神御自身による「神の自感法」と「神の鎮魂(みたましずめ)」
Cは、伊邪那伎命御自身による「神の鎮魂(みたましずめとみたまふり)」
Dは、宝鏡奉斎の神勅。天照大御神が神鏡に自らを鎮めた「神の鎮魂(みたましずめ)」
Eは、宝鏡奉斎の神勅。天照大御神が神鏡に自らを鎮めた「神の鎮魂(みたましずめ)」
Fは、天宇受売命による「神の槽伏せ(受霊)と神懸(帰神)」
Gは、天鈿女命の「神の覆槽置(受霊)と顕神明之憑(帰神)」
Hは、神武天皇が天照大神の御啓示を神夢による「神感法」で受けられていたという記述
Iは、神武天皇が天津神の御啓示を「神夢による神感法」で受けられていたという記述
Jは、崇神天皇の「神夢による神感法」。神懸かりし神は大物主大神。
Kは、倭迹々日百襲姫の「帰神術」。他感法によるものと推察
Lは、倭迹々日百襲姫が「幽斎の法」に精通していたと窺わせる記述
Mは、神功皇后の他感法による「帰神術」
Nは、武内宿禰を審神者、仲哀天皇を琴師、神功皇后を神主とした他感法による「帰神術」
Oは、武内宿禰を琴師、中臣烏賦津使主を審神者、神功皇后を神主とした三員制の他感法による「帰神術」。
以上、代表的なものを列記してみたが、大きく分けると7つに分類できるだろう。
1.「神の鎮魂(みたましずめ)」
2.「神の鎮魂(みたましずめ と みたまふり)」
3.「神の自感法」
3.「神の覆槽置(受霊)と顕神明之憑(帰神)」
4.「天皇の神夢による神感法」
5.「皇族の帰神術」
6.「三員制の帰神術(他感法)」
7.「皇族による幽斎の法」