本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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C 古事記 上巻
『伊耶那岐命大く歓喜びて詔りたまひしく、「吾は子を生み生みて、生みの終に、三柱の貴き子を得つ」と詔りたまひて、すなはちその御頸珠の玉の緒ももゆらに取りゆらかして、天照大御神に賜ひて詔りたまひしく、「汝命は高天の原を知らせ」と事依さして賜ひき。故、その御頸珠の名を、御倉板擧之神と謂ふ。』(小学館日本書紀)
これは伊邪那伎命御自身による「神の鎮魂(みたまふりとみたましずめ)」
『この時、伊耶那岐命は大いに喜び、「私は、子を生み続けて、生むことのおわりに三柱の貴い子を得ることができた」と仰せられ、ただちにその御首飾りの玉の緒を、玉がさやかな音をたてるばかりに取りゆらかして、天照大御神お授けになり、仰せられるには、「あなたは高天原を治めなさい」と委任し、下賜なさった。ちなみにその御首飾りの名は、御倉板挙之神という。』(小学館日本書紀)