本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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D 古事記 上巻
『ここに天兒屋命、布刀玉命、天宇受賣命、伊斯許理度賣命、玉祖命、幷せて五伴緖を支ち加へて、天降したまひき。ここにその招ぎし八尺勾璁、鏡、また草那藝劒、亦常世思金神、手力男神、天石門別神を副へ賜ひて、詔りたまひしく、「これの鏡は、専ら我が御魂として、吾が前を拜つくが如齋き奉れ。次に思金神は、前の事を取り持ちて、政せよ」とのりたまひき。』(小学館日本書紀)
宝鏡奉斎の神勅。天照大御神が神鏡に自らを鎮めた「神の鎮魂(みたましずめ)」
『そこで、天児屋命・布刀玉命・天宇受売命・伊斯許理度売命・玉祖命、合わせて五人の部族の長の神を分けそえて天降した。そして、あの天の石屋から天照大御神を招き出した八尺の勾玉と鏡、それに草なぎの剣と、また、常世思金神・手力男神・天石門別神をお添えになり、仰せられるには、「この鏡はひたすら私の御霊として、私を祭るように祭り仕えなさい」。さらに続いて「思金神が今言ったことを受け持って、私の祭事を執り行いなさい」と仰せられた。』』(小学館日本書紀)