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大和心

第927回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-24

著者:小山一夫 / 公開日:2025-07-07

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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K 日本書紀巻五(崇神天皇)

『七年春二月の丁丑の朔にして辛卯に、詔して曰はく、「昔、我が皇祖大きに鴻基を啓きたまひ、其の後に聖業逾高く、王風轉盛なり。意はざりき、今し朕が世に当りて數災害有らむとは。恐るらくは、朝に善政無くして、咎を神祇に取れるにか。蓋ぞ命神龜へて災を致す所由を極めざらむ」とのたまふ。是に天皇、乃ち神淺茅原に幸して、八十萬神を会へて卜問ひたまふ。是の時に、神明、倭迹々日百襲姫命に憑りて曰はく、「天皇、何ぞ國の治らざることを憂へたまふや。若し能く我を敬ひ祭りたまはば、必當ず自平ぎなむ。」とのたまふ。天皇問ひて曰はく、「如此教ふは誰の神ぞ」とのたまふ。答へて曰はく、「我は是倭國の域の内に居る神、名を大物主神と為ふ」とのたまふ。』(小学館日本書紀)

これは倭迹々日百襲姫の「帰神術」。他感法によるものと推察する。大物主神の帰神。

『七年春二月の丁丑朔の辛卯に、詔して、「昔、我が皇祖は大そう大きな基をお啓きになり、その後、神聖な業はいよいよ高く、天皇の徳風もますます盛んになった。ところが思いもよらず、今我が治世になってから、しばしば災害に襲われた。これは、朝廷に善政がないため、天神地祇のお咎めを受けたのではあるまいか。ここはどうして神亀の占いを行って災害の起るいわれを究めずにいられようか」と仰せられた。そこで天皇は、ただちに神浅茅原に行幸され、八十万の神々を集めて占い問われた。この時、神が倭迹迹日百襲姫命に乗り移って、「天皇よ、どうして国の治まらないことを憂えられるのか。もしよく私を敬い祭られるならば、必ず天下は平穏になるであろう」と言われた。天皇は尋ねて、「このようにご教示くださるのは、いずれの神なのでしょうか」と仰せられた。神は答えて、「私は倭国の国の内にいる神で、名を大物主神という」と言われた。』(小学館日本書紀)