本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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扨、本題に戻るが、鎮魂法の魂とは何か、記紀を見ると、神には霊と魂の2文字が使われるのに対し、天武紀より前の天皇について「魂」の文字は使われていない(「五月己巳朔己卯、祭皇祖御魂」日本書紀)。つまり古代に於て魂とは神の魂を意味していたということだ。古代の宮中に於て鎮魂祭が行われなかったのは、その必要がなかったからだろう。鎮魂祭が天皇以外をその対象としていないことからみても、神と天皇の関係に何らかの影響を与えることが、鎮魂祭の目的であったことは明らかだ。故に鎮魂祭が、大嘗祭や新嘗祭の前夜に慣例化されたのも自然な成り行きだったのだろう。
「鎮」について「しずめる」「しずまる」と解するのは、鎮魂祭と並んで大宝令(701)に鎮火祭と鎮花祭が登場することにも起因すると思われるが、この両者は防火防災と悪疫流行を防ぐのを目的とするようだ。単に火をしずめたり、花をしずめるという意味ではない。つまり災禍をもたらす悪神(霊)の働きを「しずめる」ということだ。
これからみると鎮魂祭とは、神の魂をしずめる、或いは神魂がしずまる、という解釈になる。この場合の鎮める対象となる神が善神なのか否かは別として、いずれにしても天皇自身の魂を鎮めるという意味にはならないだろう。
鎮魂祭が天皇の霊力を高めることを目的とするという説もあるが、ならば天皇が重篤な病で床に伏せている際に、鎮魂祭が行われた例が多々あるというのだろうか。