本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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この部分について、西原壮聡氏による現代語訳([カッコ]内は訳者注・以下同じ)を見てみよう。
『○「此時伊邪那伎命大歡喜詔。吾者生生子而於生終得三貴子。」
この文もまた例の設神理[である]。太陽[国]、地球[国]、月国の主宰のみについて言っているのは、我が太陽系の[星々の]中において、[これらの三つの星々が]大地球と大いに関係があるからである。修理固成の大神[=伊邪那岐命・伊邪那美命]が、この太陽[国]、大地[=地球国]、月国だけを貴い御子に支配させた国とおっしゃるべきであろうか[そんなはずはない]。太陽系に連なる星々をすべて天眼[=霊的な目]によって見る時は、[伊邪那岐命・伊邪那美命の]貴い御子であることは明らかであり、[その事実を]隠すことは出来ないのである。これがつまりは私が『設神理の説である』と主張する理由である。だから、天照大御神に御頸玉をお授けになることも、また[天照]大御神が御倉の裏に斎奉りなさって『御倉棚神』と讃えなさった、とあるのは本当にこういった事柄があった訳ではない。顕祭の始まりをこの場面にひっかけてお記しになったのである。これより後の世に、[天照大御神が]鎮魂の根源として、皇孫命[=邇邇芸命]に三種の神宝[=三種の神器]をお授けなさった段に、『招之“オギシ”玉鏡劔』とある。これ[=玉鏡劔]は鎮魂の根源である。『オギシ』は『招』である。つまり大御神の御心[=魂]を寄り憑かせる三種の神宝[=三種の神器]である。