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大和心

第958回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-42

著者:小山一夫 / 公開日:2025-07-31

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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三種の神器を三貴子の象徴とみる向きもあるが、それでは八尺瓊勾玉を月読尊の象徴とすることに説得力を欠く。筆者は八尺瓊勾玉を「御頸珠の玉」の分魂であると考えて伊邪那岐命、八咫鏡を天照大御神、天叢雲剣を素盞嗚命にあてて、別天津神、天津神、国津神の各神界に通ずる神器と考えている。古事記では禊祓いの段の神話なので伊邪那岐命とあるが、これは説神理で実は伊邪那岐大神と考えると、神代七代に通ずる事になる。

前述したように、天皇は三種の神器と「床を同じくし殿を共に」することにより、意図することなく鎮魂法を行っているが、それに熟達することでその延長線上に、天皇の神感法がある。例えば、崇神天皇が御夢にて神託を受けた事例等、これも「宝鏡奉斎の神勅」あってのことか。

以上のことから、天皇御自身が鎮魂祭に参加する必要がないという背景が窺える。

では鎮魂祭が天皇の霊力を直接的に高めるものでないとしたら、他にどのような目的があるのだろうか。それは前述したように、天皇に対して積極的に霊力を直接付与するものではなく、大嘗祭や新嘗祭の妨げになるような穢れを祓うという意味合いではないだろうか。その祓いによって、天皇に対するマイナスの影響を排することにより間接的にプラス効果を期待するものだと思う。