本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『右のことは古事記上巻に「是に左の御目を洗いたまひし時に成りませる神の名(みな)は、天照大御神。右の御目を洗ひたまひし時に成りませる神の名は、月読(つくよみ)命。次に御鼻を洗ひたまひし時に成りませる神の名は建速須佐之男命(中略)。此の時伊邪那岐命大(いた)く歓喜(よろこ)ばして詔りたまはく、吾は子生み生みて、生みの終(はて)に三貴子(みはしらのうずみこ)を得たり、とのりたまひて、即ち其の御頸珠(みくびたま)の玉の緒もゆらに取りゆらかして、天照大御神に賜ひて詔りたまはく、汝が命は高天原を知せ、と事依さし賜ひき。故れ其の御頸珠の名を御食板挙之神(みくらたな)と謂す。云々」。』(「顕神本田霊学法典」)
本田翁が鎮魂法の起源として「御食棚神」の段を挙げているのには、大変深い意味がある。
ここでの要素はまず「御首玉」「モユラにゆらかす」「天照大御神に賜ひき」「御食棚神」の4つである。これは神の鎮魂法であり、幽の神事である。よって我々が顕界で行うものではない。しかしながら、『鎮魂の法は霊学の大本なれば其の原由を論定し、其の方法を講明』する上で必要なのだ。本田霊学における鎮魂法は、脱魂とか憑霊とか、トランスとかそのような議論とは無縁のものであることを最初に理解しておかないと、迷路に嵌り真実に近づくことは出来ない。
「御首玉」の意味は、只の玉ではなく、伊邪那岐命の神気宿りし玉である。勿論無形の世界なので神気の塊とでもいうべきか。顕界に於ては「神気の鎮まり坐す生き石」と考えてもいいだろう。
「モユラにゆらかす」とは、「たまふり」を意味する。これは伊邪那岐命の神気充実した「御首玉」に霊的に働きかけその霊力を高めるとともに、分霊として起動させるために行われたものと思う。いわゆる「みたまふり」に通ずるもの。
そして「天照大御神に賜ひ」た時点で、その分魂が一柱の神として「御食棚神」の御名となる。
これは審神者が鎮魂石をつくる時と同じ原理である。鎮魂に「たましずめ」と「たまふり」の二つの訓があるのはその意味で当然であり、どちらかに限定されるわけではないのだ。