本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

************************
本田霊学の鎮魂法について、前述の考え方(祭事鎮魂の項を参照されたい)を参考に解釈すると、まず「鎮魂の器械」(「本田親徳全集」)として御神霊の鎮まる鎮魂石を必要とする。これは天皇の鎮魂が三種の神器を介して神界に通ずるのと同じ意味合いである。友清歓真氏のように御神霊の鎮斎されていない石をただ清めるだけでは、鎮魂の用をなさない。友清氏は以下のように書いている。
『鎮魂は先づ鎮魂の石(鎮魂玉)を得て修行するのを順序とする。これは伊邪那伎命が天照大御神に御首玉を授けられた由来から出たもので、本田先生が此れに神習ひて(神の啓示によりて)発明された神法である。』(「鎮魂帰神の極意」友清歓真著)
と言うならば友清氏は、その御首玉がただの石ではないのは理解しているはずだ。伊邪那岐命がその御頸珠の玉の緒を母由良に取り由良かして、自らの分霊を鎮め「御倉板擧之神」として天照大御神に授けられたのだから。つまり三種の神器も、御首玉も、そして鎮魂石にも、大神が御鎮まりになっているという点を忘れてはならない。しかしながら、彼はその鎮魂石の真実を全く知らない。(詳細は後述)
友清氏が長沢翁から祓いを受けただけで、鎮魂法も、帰神術も伝授されていないのは間違いない。それは「布留倍之霊由良」(三輪椙麿氏由来)に明らかだ。故に、もし仮にどこかで真実を耳に挟んだとしても、審神者の資格のない彼としては、著書に「生き石に天宇受賣大神を鎮祭する」とは、とても書けなかっただろう。なぜなら、その詳細を知らないのだから。