本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『そして少しく鎮魂が利くやうになると、鎮魂した後にて其の玉を取つて秤にかけてみると、石の重量が二匁あつたとすると、それが或ひは重量増加して二匁五分、三匁、三匁五分となり、或ひは減じて一匁五分となる、又た依然として二匁で居る場合がある。こんな時には試みに分銅を三匁の処にやつてみれば三匁、一匁の処にやつてみれば一匁となり全く物理学的法則を無視した現象を呈する。』(「霊学笙蹄」友清歓真著)
これは本田翁が鈴木廣道氏に渡した鎮魂法の伝授書にある文章を伝聞したかのような内容である。ただその内容についてわからなかったこと、さらに自分自身が鎮魂法の経験がないために、このような空想話を披露したのだろう。
『三産霊神ヲ一心二祈里幽山貫徹ノ加持ヲ冥中二行フ。(口伝)
但玉石二鎮ムルハ前以テ其目方見置ク可シ。
生産霊ノ鎮ル時ハ前ヨリ軽クナル
足産霊ノ鎮ル時ハ前卜平均ナリ
玉留産霊ノ鎮ル時ハ前ヨリ重クナル
右何レノ神鎮リテモ同断也』(「本田親徳全集」)
この本田翁の「鎮魂法」の伝授書については、本田霊学について知識のない人達が、勝手に様々な解釈をしてきた。友清氏も同様であり、この一事を見ても彼が長沢翁から鎮魂法を伝授されていないのがよくわかる。なぜなら友清氏の自作した鎮魂石には、そもそも御神霊が鎮まっていないのだから、どんなに鎮魂石に向かって頑張っても、そこに鎮まるのは本人の霊魂でしかない。従って「目方の増減」以前の問題である。
かつて渡辺勝義氏の鎮魂石の御神霊が神上がってしまった時に、氏は佐藤先生の元に鎮魂石を持参し、先生に霊視してもらったが、その時に先生は「鎮魂石には貴方の霊魂と思念しか鎮まっていません」と言われていた。つまりそれでは鎮魂法は成立しない。鎮魂が術ではなく法である理由の一つはここにある。