本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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この7項目の内4~7については、現実には相当難しい。
渡辺氏は著書でヨーガスートラの八支則を引用しながらこれについて解説しているが、その発想には頷けるものがある。
ただヨーガスートラは、サマディのゴールを真我独存に置いている。しかしそれでは、ある程度の肉体感覚の喪失の中で自身の一霊四魂が身体の中府に安定したレベルまでしかカバーしていない。(分魂についても言及していない)
鎮魂法は、霊魂の運転活用にこそその意義がある。その意味では、少なくともカタ・ウパニシャッドの解脱レベル(いわゆる霊肉分離と神人合一)までを視野に入れるべきだろう。渡辺氏がヨーガやウパニシャッドをあまり理解されていないため、思いが至らなかったのは仕方ないと思うが。
紀元400~450年頃に編纂されたというヨーガスートラは、顕教ヨーガの基本書として世界的に広く知られている。そしてサーンキャ・ヨーガ派の優れた成果として、時代を超えて、高い評価を得ている。
この一連のインド思想は、ヴェーダに始まる。そして数百年間にわたって研究・検証された結果、カタ・ウパニシャッドに於いて一応の成熟をみた。そこに於けるヨーガの定義は、後世のヨーガスートラに引き継がれ、その結果ヨーガスートラはウパニシャッドの準備段階として重要な役割を与えられている。つまり独習書であるヨーガスートラのゴールは、ウパニシャッドの理想に至る為のプロセスのひとつに過ぎないのだ。故に、ウパニシャッドを読まずして、ヨーガの全体像を知ることはできない、といえよう。