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大和心

第1003回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-75

著者:小山一夫 / 公開日:2025-09-17

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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鎮魂について語る際に必ず持ち出されるのが、以下の文章だ。

『令義解(リヨウノギゲ)の職員令神祗官の部に曰く

「鎮魂は謂る、鎮は安なり。人の陽気を魂と曰う。魂は運なり。言うところは、離遊の運魂を招き身体の中府に鎮む。故にこれを鎮魂と曰う」』(「顕神本田霊学法典」)

この離遊の運魂が何を指すのかが、昔から議論になっているが、これは鎮魂法の一部に過ぎない。故に此の考え方を全てに当て嵌めようというのは適当ではない。実際には後述するが、鎮魂法にはいくつかの要素がある。それを理解すれば、混乱することはないだろう。

鎮魂法の手順としては、まず自身の身体の中府に霊魂を安定させる必要がある。これは筆者が渡辺氏の認識と大きく異なる点だ。

渡辺氏は、『霊魂は誰しも生れながらに吾が身に鎮まっているのであり、故に肉体生命を維持出来ているのであって、鎮まっている自分の魂を更に鎮める必要はないのである。鎮めるべきは「喜怒哀楽の情」、五感に振り回されて「波立ち揺れ騒ぐ心」をこそ、である』(「古神道の秘儀」)と書いているが、無形の一霊四魂が有形の肉体の中に拘束できるとでもいうのだろうか。顕の器が拘束できるものは顕のものだけだ。