本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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鎮魂法では、自らの一霊四魂を「分魂」し鎮魂石に鎮めるわけだが、その際にいくつかの段階を踏むと鎮魂法がやり易くなる。何年経ってもいい感触が得られない場合は、集中を意識しすぎるからかもしれない。
先生が書かれているように『前述の如く手を組み神気(精神)を鎮め、石に向って「吾が霊魂が鎮魂石に鎮まる」と云う、強い思念を四、五回送る』わけだが、それには幾つか心掛けた方がいいことがある。
まず呼吸を整えて意識を安定させ、自らの一霊四魂を身体の中府に鎮めるようにする。そして鎮魂印を組み、意識をこの印に振り向ける。呼吸を止めて一霊四魂を印迄誘導する。これで第一段階の準備が整う。
次に先生の書かれているように、『石に向って『吾が霊魂が鎮魂石に鎮まる』と云う、強い思念を四、五回送る』のだが、それにより自らの身体の中府と鎮魂印、そして鎮魂石が一線上に繋がり、霊的な「ムスビ」ができる。その感触が得られたら、後は集中をせずに、そのムスビに沿った霊魂の流れをゆったりと観照すればいい。印はいわば中継点になるわけだ。
射撃では、「眼-照門(リアサイト)-照星(フロントサイト)-標的」を一直線に結ぶが、それと似た理になる。鎮魂法では「眼が意識」であり、「照門が身体の中府」、「照星が鎮魂印」、「標的が鎮魂石」となる。この三点を一霊四魂で結ぶわけだ。(但しこのやり方は筆者の考えであり、佐藤先生に確認したものではない)
集中している間は、霊魂の運転活用は出来ない。集中を解きこの「ムスビ」を観照する事ではじめて霊魂が鎮魂石に鎮まるようになる。ただ思念を送りながら鎮魂石に向かって坐るだけでは、なかなか鎮まった実感がないだろう。前述の3点が霊的に結ばれてこそ、手ごたえのある鎮魂法になる。