鎮魂中は、特に精神が統一集中して居る為に、聴覚も敏感となり、かなり遠方よりの種種な音響とか、人の話声などが直ぐ間近に聞えてくるので、之が耳障りとなって統一を乱す事もあるが、然しこれも練達して来ると、其の雑音や人語も耳に聞えても、次第に之れに捕はれない境地に没入する事が出来得るようになる。之の境地は、体得のみ悟り得る境地で、筆舌には述べ難い。世の行者輩が、統一をとると物音は全々聞えぬ、無感覚になる、など申す者も有るが、これ等は全く嘘言と云うべきである。
鎮魂に於いては、「精神を判然(ハッキリ)と持続しての上での修業にあるので、聴覚とか、其の他の感覚は、平素よりも鋭くなるのが当然な事である。鎮魂は催眠術的状態の、睡眠状態は絶対に採るべきものではない。故に修法中は飽迄も、判然とした意識、精神の下で執行する事が肝要である。』(「顕神本田霊学法典」)