本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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この「感覚を蕩尽し」だが、「霊肉分離による肉体感覚の完全消失」までゆかなくとも、ある程度なら達成可能だ。そのヒントは帰神術にある。
最初に佐藤先生の審神者を受けた時、前方から空間が波立ってきた。それが徐々に空間の歪みに変わり、とても驚いた。稽古の後、先生に伺ったところ、それは神気が波状に送られたとのこと。その後も稽古でそれを受け続けたが、ある時、なぜ波を感じるか考えた。つまり自分の肉体が押されるように感じるということは、帆が風を受けるように、その波を受け止めているということになる。肉体で受け止めているのか、それとも一霊四魂(或いは霊体)で受け止めているのか、それは別にしても、神気の波を自ら受け止めているわけだ。
他感法の初期は、祓いだけで転霊は行わない。だとすると祓いの神気を受け止めている間は、祓いが十分に行われないような気がした。そこで自分の中に神気を浸透させるにはどうすべきかを考えた。
いろいろ試してみたが、波を意識することで受け止めてしまうなら、それを意識せずに自分の中へ受け入れればいいと思ったが、それでもまだ上手くゆかなかった。そこで半分諦めかけた時に、心身の緊張が解け、神気の波に自分を委ねたような感覚になった。その時、初めて自分の中に神気の波が浸透してきた。それは肉体と周囲の空間の境が無くなる感覚を伴っていた。
その後、もしかしたら「感覚を蕩尽し」とは、神気に自らを委ねることが要件ではないかと思った。