本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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次の「意念を断滅すべし」だが、これはかなり難しい課題だ。「感覚ヲ蕩尽」すれば、「意念ヲ断滅」できるかといえば、そういうわけではない。前者はまだやりようがあるが、後者は帰神術の場でも大変困難で高いハードルだ。
ただ「感覚ヲ蕩尽」の際に、しばしば時間感覚の歪みというか、鎮魂法や帰神術の時間がとても短く感じることがある。5分か10分かと想ったら、20分以上経っていることも珍しくない。もし「意念ヲ断滅」したら、意識が断滅している状態を意識できないはずだ。だとすれば時間感覚が不思議な程に短く感じるのではないだろうか。
本田翁も「感覚ヲ蕩尽シ意念ヲ断滅スベシ」と、この両者を一連の流れとして関連付けている。文面を素直に読めば、「感覚ヲ蕩尽シ」によって「意念ヲ断滅スベシ」へ至るということになる。つまり「感覚ヲ蕩尽シ」が研ぎ澄まされてゆけば、自然の流れとして「意念ヲ断滅スベシ」に至るのだろう。如何に努力しても、意念を以て意念を断絶することは出来ない、と筆者は考えている。
何れにせよ、出口氏の言うような『特殊の人物』でなくとも、目標達成は不可能ではないと思う。