本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『第六節 体験
長沢雄楯翁の高弟で、審神者(さには)の術に精通されて居られた、稲葉大美津先生の体験を筆者が伺った事がある。稲葉翁は、長沢翁より二年早く死去されたが、当時、清水市入江町の白髭神社の社司であられた。神社は武内宿禰命を御主神として奉斎されてあったので、翁の如き勝れた審神者が奉仕される事は当然の事と思はれる。昭和九年五月頃と思うが、翁の社務所へ夜七時頃出向いた事があった。其の折に「佐藤君、鎮魂がしつかと出来て居れば「太陽を肉眼で見ても眼などは全々痛まぬものだ」、と申された。筆者は驚き、「それはどう云う訳ですか」と問うた。「実は今日、三保の神社(御穂神社)の助勤の帰途巡航船(清水と一保間の連絡船)に乗って、鎮魂力があれば太陽を両眼開いたままで見られる事も必ず出来る!と思い、先ず太陽のずっと下方から徐々に上方に向けて眼を上げていった。すると君、あの強い太陽の光線も別に何とも感じないで、遂に太陽を真正面にして見る事が出来た。太陽は真赤で、強い熖を吹き上げて居るのを、はっきり見たよ」、と語られた。稲葉翁は、当時の神職会で重きをなして居られた上に、神術の特に勝れて居られし事は、当時の誰しもが周知の処であった。