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大和心

第1042回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-101

著者:小山一夫 / 公開日:2025-10-24

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『筆者も修業中は、此の霊肉分離の状態を体得するに到るまで、随分と苦心したものである。その会得した体験は次の如くである。昔、修法中の或一日、「身体の周囲を清々しい風が颯々として吹き過ぎ、又吹き来るを覚えた。ハテナーと思い周囲を見渡すと(肉眼でなく、心眼でみた)、自分の霊魂のみが大虚に留まっている。しかし鎮魂石は眼前に在る。下の方を見ると、逢か下方に自分の身体(肉体)の在るのを判然と認めた」。此れも“霊肉分離”の一状態で、一度この境地を会得して以来、鎮魂の場合は勿論、その他の精神統一をとる場合に於いても、何日でも此の状態に楽に入る事が出来得る様になり、霊的活動に一段と飛躍を如えて来たのである。

此の如く、鎮魂は『霊肉分離が出来得ることによって、始めて霊力が活潑に運転活用が出来得るものである。

後学の研修者は、此れらの体験と同様な状態や現象を体得することとは思はれぬが、其れぞれの人々の持つ処の御霊の活きによって、各種各様の変化が現出する事と思はれる。

故に、各人各様のより善き体験を会得せられて、なお高度なものへ到達せらるべく切角研鑽努力あらん事を希うものである。』(「顕神本田霊学法典」)

佐藤先生は『此れも“霊肉分離”の一状態で、一度この境地を会得して以来、鎮魂の場合は勿論、その他の精神統一をとる場合に於いても、何日でも此の状態に楽に入る事が出来得る様になり、霊的活動に一段と飛躍を如えて来たのである。』と書かれているが、これは先生程の方でないとなかなか難しいと思う。

分魂側に視座を置くわけだが、そのレベルが尋常ではない。

たとえば筆者が先生に「先日、歯医者に行ってきましたが、痛くて~」と話した時に、先生は「治療が始まる前に霊肉分離していれば痛くないですよ」と仰っていた。確かに「神伝秘書」には「感覚ヲ蕩尽シ意念ヲ断滅ス可シ。心神ヲ清澄ニシテ感触ノ為二擾レザルヲ務ム可シ」とあるが、先生レベルでこの境地に至るのは極めて困難だと言えよう。筆者も歯医者に行くたびに試みるが、未だに出来ずにいる。