本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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本田霊学では生き石に審神者が天宇受賣大神の御分霊を鎮めて鎮魂石をつくり、それを修行者に授ける。頂いた方は、それに対して自らの霊魂を鎮める修練を行う。本田翁は他の大神の御分霊を鎮めることもあったが、長沢翁の代からこのような方法になったようだ。
事前に大神の御分霊を鎮祭することを省いたら、ただの「生き石」にすぎず、それでは鎮魂法を行うことは出来ない。神の鎮魂は神御自身が元々備わっている働きの一つとして行うため「法」といえるが、本田霊学ではその部分を神の代理として審神者が担当する。つまり、そこまでは修行者の出る幕はない。何故なら、もしも修行者が自ら鎮祭出来るなら、それは既に相当な鎮魂力が備わっていることになるからだ。鎮魂法を全くせずして、それができるならば、鎮魂法修行の意義が失われる。
鎮魂法は、鎮魂石の神の働きに導かれるかのように『此の深い統一状態に入って居る裡に、其の鎮魂力の閃めき(活動)が発揮して、此所に始めて吾霊が石に鎮まる事となる。』。
神の「法」に同期するようなメカニズムなのだろう。要するに、修行者が鎮斎された鎮魂石に向かって神の「法」を自らの霊魂を用いて再現することが本田霊学の鎮魂法なのだ。