『此神憑り百首は長澤翁が審神者、相州雨降山麓大山神社武栄太夫宮司が神主を務められ昭和元年より昭和四年迄の間に神憑りして得られた神歌であり、昭和九年春に武氏が発刊したものであります。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」佐藤卿彦述)

神懸百首より
審神者長沢雄楯翁。 神主武栄太夫(大山神社官司)
(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
四十七 幽身は 自由自在なり 大海の 底にも入らむ み空にも行け
幽身=隠身・神。自由=心(思い)のまま。
自在=自分の思うままにできること。 み空=大虚。
解、神は神力に因って自由自在であるから大海の底にも居られる(古事記「猿女の君」底どく御魂つぶ立つ御魂・あわ咲く御魂等、海中に於ける生成化育の神霊)し、大空にも行けるように宇宙の如何なる所でも活動されて居られる。
道之大原「大精神の体なるや至大無外、至小無内にして、在る所無きが如く、在らざる所無きが如し、聖眼も之を視ること能わず。賢口も之を語ること能わず。故に皇典に謂う所の隠身なるものは、則ち神の義なり。宣なる哉其の霊々妙々なるを。」