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大和心

第1083回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-130

著者:小山一夫 / 公開日:2025-12-04

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『第六編 帰神術の法式

第一章 帰神術の古法式

帰神(神懸り)は、古来では(古法式)、三員を以て執行された。即ち左図の如し。古代は、神主・琴師・審神者の三者に厳粛に執行された。琴師は、琴を弾じて神界より神霊の御降りを願い(琴師自身に)、その御降霊を神主に「転霊(御移しする)」するの役を謂ふ。神主とは、神霊の憑依(御懸り)されるところの役を謂い、審神者とは、神主に憑依された霊が、正神界の霊なるや、邪神界のものなるや、又其の他の高級、低級か、その品位の上中下等、如何なる霊であるかを厳密に審べる役を謂うものである。

即ち、古事記仲哀天皇の條の、天皇御琴を控(ひ)かし(琴師)、建内宿爾大臣沙庭(さには)に居て(審神者)、大后帰神して(神主)の如き之である。猶又、日本書紀神功皇后の御紀の、皇后吉日を選びて斎宮に入り、親(みずか)ら神主となり、武内宿禰に命(おほ)せて琴撫(みことひ)かしめ(琴師)、中臣(なかとみ)の鳥賊津使主(いかつのおみ)を換(め)して審神者と為す。之である。此の様にして古来は、三員の構成に依って帰神を執行されたのである。』(「顕神本田霊学法典」)

建内宿爾は、景行・成務・仲哀・応神・仁徳(第12~16代)の各天皇に仕えたというが、同一人物とは思えない。恐らくは同族の者が代々襲名しながら仕えていたのだろう。いずれにせよ家系として幽斎の法を伝えていたのは疑いない。

ここで注意したいのは、建内宿爾が審神者と琴師の両方を務めていたことだ。これは筆者らからみると凄い話である。本田霊学では地道に神主の修行を積み、その後に審神者の道が開かれるわけだが、筆者の知る限り審神者向きの方と神主向きの方の2種類あるように思う。これは恐らく霊統等の違いに起因する気がするが、建内宿爾が両方に優れているとしたら、これは神界から特別な役割を担っていたように思われる。