本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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(本田親徳全集「霊学抄」の西原壮聡氏による現代語訳)
思うに、幽斎の法という[のは]、非常に厳重[なものであり]、深く謹んで[行うべきものであり]、そういった人でなければ行うことができないものである。「みだりに[人に]伝えてはならない」という意味はここにある。そうだといっても[=帰神の法が非常に厳格で、これを修めるのは容易ではない、といっても]、その精神が万難に挫けず、自ら努めて[帰神の法の修練を]継続することができれば、やがては、ついにその妙境に達することができる[であろう]。後[世]にこの伝承[=帰神の法]を受け継ぐものは、このことを心して 諒解しなければならない。
幽冥[=幽界]に通じる方法は、ただ専修するのみ、である。ここにそのやり方を示す。
一 体と衣服を清潔にしなければならない。
二 幽邃(ゆうすい)[=景色などが奥深く静かなこと]の地、閑静な家を選ばねばならない。
三 姿勢を整え、目を閉じ、心を落ち着け、静かに座らねばならない。
四 一切の[迷信めいた]妄想[=誤解と雑念]を除去しなければならない。
五 身体感覚を[徹底的に]削ぎ落し、意念を断ち切り滅せなければならない。
六 精神を清澄にして、身体感覚によって、精神が乱れないように努めなければならない。
七 心を一つに束ねて、己の霊魂が天御中主神の身許に到達することを黙念しなければならない。
右の七つの心得は独修の際の要点を明らかにした[ものである]。
[※上記七項目は、帰神法の箇所に掲げられているが、鎮魂法の心得でもある。これは鎮魂法でこの心得を習得できていないと、帰神術の始まりに〝天御中主大神の御許〟へ行くことができないため。この心得の習得は帰神術の完成度や成否につながるもの]