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大和心

第1099回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-141(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-12-18

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『第七編 帰神術研修法

第一章 審神者の任務

長沢翁遺著に曰く。憑霊現象の変遷の慨要は之を古今の歴史に徴するに、日本書紀に載する所、上世の神懸は方法の精密なりし、と其の式の厳正なりしと憑依の神霊の高かりし事と、其の神誥の確実なりしは事実なりしなり。降って儒教の渡来と仏教の東漸以来、思想に一大変遷を来たし、爾来皇祖の遺制たる神祗を祭祀するの道は日に増し月に加はりて衰替し、遂に幽冥の感合の術を失ひたるに、宮廷にて神懸を行い賜ひたる事跡の史に見えざるを以て知らる。然れども国家に事変あるか、天災地変ある時に神霊の予じめ告げ賜ふ為に求めずしての神懸夥多ありし事は史書に伝はる如くなるも、自己の意志より神霊に感合するの術は殆んど廃絶し、偶に之の存するは概ね低級の霊の憑依にして、神懸と称するに足らざる者の如し。

世に伝ふる御嶽講信者の行う神憑、法華信者の行ふ神降等の類頗る多しと雖ども、積年之を経験するに多くは低級の霊の憑依にして、神懸と称するに足る者にあらず。自ら誤り延(あえ)て人を惑はす者頗る多し。此等の徒は幾百年を経過するも毫も進歩の跡あるを見ず。蓋し憑霊は低級なる者程誇大の名称を名乗り来る者なることは屢経験せる所なり。