神道と日本の記事一覧

大和心

第1114回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-151

著者:小山一夫 / 公開日:2026-01-01

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

************************

『第五章 自感法

鎮魂に於ては自己の霊魂を石に鎮め、且つその霊力の運転活用(活動)をさせることに有る事は既に述べたが、此の鎮魂で錬えた力、即ち鎮魂力を以て自己の霊魂を神界に行かせる術が“自感法”である。

自感法には、顕幽(有形と無形)の二通り在るとされて居るが、顕と謂っても幽を兼ねなければ出来得ないものである。従って「顕と幽」とで行う法式と、「幽の幽」で行う方法とに分かれている。まづ顕から幽にはいる法式を示す事とする。

神殿に向い正座し、一揖二拝二拍手をする。次に祓の祝詞を奏上し、二拍手して、次に手を組み(鎮魂印と同様)統一をとり、吾が霊魂の天御中主大神の御許に到る事を祈念する。次に石笛を吹奏すること三度(深い境地に至るまで何回か繰り反す)。徐々に深い境地に入り、然して霊肉分離の状態に至った時に、吾霊を鎮魂力を以て神界に行かせるのである。此の状態は筆舌には述べ難いが、其の時の身体の健康状態の良否、又は精神の爽快に依り種々境地に相違はあるが、とも角神界に到るのは中々に困難である為、鎮魂力を充分に駆使する事を必要とする。斯くして神界に至った吾霊の霊力により、諸要件を御伺いするとか、御啓示を仰ぐとかを行い、終れば元の状態に復し、二拍手二拝一揖して立座する事となる。此の法は余程熟練した術を持って居なければ、正規の法は出来難いものである。

幽の自感法は、右の内の祝詞、拍手、拝などは行はない。幽斎であるから不浄の場所を除き、何れの所でもよい。直ちに統一状態をとり霊肉分離の境地に到り、而して御啓示を仰ぐの順序であるが、統一の過程に於いては石笛を吹奏する事は前と同様である。』(「顕神本田霊学法典」)