本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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佐藤先生に「自感法について」という遺稿がある。参考になる点が多いのでここに掲載する。
『自感法について
自感法に依り神誥を受けると謂う事は実に至難なものである。此の受け方は人に依り状態が異なると思うが筆者の場合の体験を述べてみる事にする。
まず鎮魂力により神界に至る。神界は清澄な霊気の世界である様に思える。偉大なる霊気が赫々と充満しているが、大霊の御姿の如きは霊眼と言えども見えるものではない。部属の神霊や御眷属の御姿はどうかするとチラリと視える事が有る。然し熟視してみても判然とわからないものである。神霊に当方の目的又は用件を御伺いすると其れに対する御答が種々現象形態となって受け取る事が出来る。
其の御誥がさながら電光の如き光を放って鋭く強く全身に輝くが如き状態で御答が解る時もある。又は毬(まり)投げの様に御答と伝う毬が強く上方より投げ送られて全身で受け止めるが如き形態で訳かる場合もある。
又は用件に依っては、たとえ全然知らぬ土地の景色とか風物、人間の容貌形態等が心眼に映じて来て解決する事もある。病気等の場合は人体のいずこにも透視出来て、其の悪い箇所が判然と視えるものである。此れらは神霊の御活きにて神主の心眼に映じて下さるものと信じている。
神霊よりの御解答、教示 (指示)は実に微妙なものであって、之を拝受するに相当の霊能力を必要とする。御神誥はダラダラと長く時間を費やして御教 (指) 示のあるものでなくて、瞬間に電光の如く「ヒラメイテ」御示しあるものである。此の「ヒラメキ」を捕えるのであるが、これが霊妙な世界であるだけになかなか至難の事である。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
佐藤先生は類まれな霊的能力の持ち主だったが、特に乞われた時だけその力を発揮されていた。マスコミに取り上げられるのを好まず、「平凡な人生がいい」と仰っていた。筆者などからみれば、とても平凡な方だとは思えないが、先生は落ち着きのある静かな生活を望まれていたようだ。