本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『問 審神者が神主に転霊するに何回か繰返すが、第一回に一柱の霊が憑られ、第二回目に又他の一柱の霊が憑る。之れを漸次くり返すと、神主の身体の中には何柱かの霊が充満すると云うことに成るが、この点は如何。
答 幽冥界は霊が一つ一つの固体−一柱−の集りでは無い。無限なる御働きをもたれたる処の、渾然として融合されたる霊気(気体でもないが、他に呼称しようが無いので斯く呼ぶことにする)の世界であり、この霊妙な霊気(神気)を体に受け留めてそれを転ずるものである。故に、何々の神とか何々の眷属と云う御名を持たれた処の、一柱づつの霊を転ずるものにあらず。』(「顕神本田霊学法典」)
転霊を繰り返すと、次第に神主に神気が充満してくる。瞑目して霊眼で観ると、最初はぼんやりとした大きめの光球体だったものが、徐々に凝縮してゆき、それにつれて輝きが鮮明になってくる。或る程度の凝魂になった時、神主は体を切ることになるが、審神者には直前にそれがわかるものである。