本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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帰神術は本来、国土や神社を祓い、また天下国家を憂いて神意をお伺いするものだが、昭和の公式・正式幽斎では前者の「祓い」が主だった。そこでは神主が神籬となり、神界が祓いを行う。
そして御啓示は、その祓いの神事に付随して行われた。その時、最も重要なのは③である。
神界から御啓示を受け止められないならば、発せられた言葉は御啓示ではなく、自意識の産物になってしまう。神界の御啓示を戴くのは、極めて難しい。他感法の稽古だけでは、なかなか上達しないと思う。そこで自感法の修練が必要になるわけだが、これは他感法にも必要な要素である。先に引用した佐藤先生の「自感法について」という遺稿を読み返して頂きたい。
話を戻すが、結局のところ①と②が全てのベースになる。②は①がなければ成り立たないが、俯瞰の度合いが神憑り率でもあるので、結局は日頃の鎮魂法が大事という事になる。