本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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⑶ 宮城島氏は後年、御穂(三保)教会なるものを創立し、宗教団体の形態で組織されて多数な人々が集まり盛大であった由である。氏が適々他出して不在となった折は、其の用件なり目的なりの願い事を紙に書き神前へ供えて置くと、其の用件に対して外出先より解答の手紙が来たと云う様なことは度々あったとの事である。これらの事は、憑依される霊が如何に遠隔地にあっても、時間空間を超越して、氏の為に御活躍なされた一例であると見られる。』(「顕神本田霊学法典」)