本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

************************
『(12) 或る一日、いつも乍ら何名かの帰神修業の人々が社務所へ集まっていた。偶々其処へ刀剣鑑定を翁に頼みに来た人が有り、列座の一同にて暫く刀剣について雑談を取交したのであった。さて話も尽き、愈々帰神の稽古を執行する事となり、まづ初めに某氏が神主となった。霊が懸られたので、長沢翁が其の名を伺った処、その霊がなんと「備前長船」と名乗ったのである。これには、あの謹厳な長沢翁も流石に可笑しくなられたと見えて、思はずクスリと、御笑いになったと云う挿話がある。此の様な状態は憑った霊も低級でも有ったであろうが、神主自身も未熟であったのと、稽古前に話を交した刀剣に就いての“潜在意識”が残っていて、其れ等が重なりこの様な状態を招いたものと思はれる。』(「顕神本田霊学法典」)