本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『翁が御滞在中、研修や指導をされたと云う建物が、神神社の参道から一の鳥居を潜ると直ぐ左手に在る。現今は朽ていて、物置の如くになっていてものさびしい。此の家屋内で、嘗ては御起居されたと見聞するにつけ、何か一種の親みと長敬の念がわいて来る。
神社の御境内は今でも、樹木数多生い繁り、古きより高草山とも青垣山とも呼ばれ、実に、欝蒼たる老杉古松を渡って来る風声を聞き、その御社を拝するとその神厳さには、粛然襟を正しうし、更に深く頭を下げしめねば止まぬ霊威にうたれる。本田霊学に研修を志す人は一度はこの御社に参詣し、翁の足跡を尋ねると共に、更に身心を浄める要があるのではないか。
以上“余録”として縷々綴ってみた。何かと記憶に残ったものも有るが、又の機会に述べる事として、今回はこれを以って擱筆する事とする』(「顕神本田霊学法典」)