本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『親徳は「拱手」を「手を胸に当て」としか表現していないが、『漢語林』によると「拱」の字義として「両手を胸の前で重ね合わせること」とあり、また熟語としての「拱手」は「①両手を胸の前で重ね合わせて敬礼する。②手をつかねたままで何もしないさま。」とある』(「本田霊学:その思想の創造と行法の受容についての研究」並木英子著)
これは恐らく叉手を指すのだろう。左手の親指を右手指で軽く握り持つようにして右手の甲の上に左手の4指を重ねる。「手を胸に当てて」とあるのは、心を顧みての意であり、行為自体に特別な意味はないと思われる。
これは鎮魂法ではなく、浄心と心を鎮めることを意図した素人向けのレクチュアに過ぎない。
もしこの程度の瞑想(?)が鎮魂法ならば、本田翁も「鎮魂ノ法ハ霊学ノ大本ナレバ、其ノ原由ヲ論定シ其ノ末法ヲ講明セザル可ラズ。故ニ今皇典ニ拠テ其由来ヲ述ブ。」と述べ、御倉棚神の段を例示しながら、「此鎮魂ノ法ハ天授ノ神法ニシテ現世神界ノ学則」などと仰らないだろう。