本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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そもそも「自感法」は「神を自ら召喚し、神懸かりをする」法ではない。この「神を自ら召喚し、神懸かりをする」法とは、審神者が神界の許可を得て「霊を引く」際の原理である。しかも半身に留めて行うとされている。このような基本的な部分について誤解するようでは、他の部分についても信憑性が疑われよう。
自感法は自らの一霊四魂を肉体から分離させ(霊肉分離と云う。実際には分魂)、自らの意思で神界へ至らしめる能動的な神人合一の法である。一方他感法は審神者により転霊された神霊を神主の内において神人合一させる(神主にとっては)受動的な術である。
故に、自感法を実現するためには何よりも、自身の霊魂を運転活用して霊肉分離させる鎮魂法の鍛錬が必要なので、そもそも鎮魂法が出来なければ自感法に取り組むことは出来ない。
また審神者の法にも、この鎮魂力による分魂が必要になる。その意味では、本田翁が「鎮魂ノ法ハ霊学ノ大本」と言われるように、全ての幽斎の法に共通する基礎を磨く「法」であると言えよう。
本田翁は「霊学は心を浄くするを以て本と為す」という。この産土神徳講義では、この浄心に焦点をあてて上記のような瞑想を指導しているが、それはあくまでも聴衆が霊学を専門的に学ぼうとする人達でないという点を忘れてはならない。いわゆる対機説法だと理解すべきだ。