本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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次に、コリント第一14:26-33、36-40。
「すると、兄弟たちよ。どうしたらよいのか。あなた方が一緒に集まる時、各自は賛美を歌い、教えをなし、啓示を告げ、異言を語り、それを解くのであるが、全ては徳を高めるためにすべきである。もし異言を語る者があれば、ふたりか多くて三人の者が、順々に語り、そして、ひとりがそれを解くべきである。もし解く者がいない時には、教会では黙っていて、自分に対しまた神に対して語っているべきである。預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、他の者はそれを吟味すべきである。しかし席にいる他の者が啓示を受けた場合には、初めの者は黙るがよい。あなた方は、みんなが学びみんなが勧めを受けるために、ひとりずつ残らず預言をすることができるのだから。かつ預言者の霊は預言者に服従するものである。神は無秩序の神ではなく、平和の神である。聖徒達の全ての教会で行われているように」
「それとも神の言はあなた方のところから出たのか。或いは、あなた方だけに来たのか。もしある人が、自分は預言者か霊の人であると思っているなら、私があなた方に書いていることは、主の命令だと認めるべきである。もしそれを無視する者があれば、その人もまた無視される。私の兄弟達よ。このようなわけだから、預言することを熱心に求めなさい。また、異言を語ることを妨げてはならない。しかし、全てのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい。」