神道と日本の記事一覧

大和心

第1279回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-264

著者:小山一夫 / 公開日:2026-06-10

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

************************

『この手の組み方は帰神の時もさうである。密教の水天の印に似た印である。(実はこれは普通の組み方で、別に秘義があるが此れは到底発表する訳に行かぬ。又た此の普通の組み方で修行は出来るのである。)さて一念こめて我が霊魂の其の玉に集中せんことを凝念すること凡そ二十分かくて毎日数回を重ぬるを妨げない。そして少しく鎮魂が利くやうになると、鎮魂した後にて其の玉を取つて秤にかけてみると、石の重量が二匁あつたとすると、それが或ひは重量増加して二匁五分、三匁、三匁五分となり、或ひは減じて一匁五分となる、又た依然として二匁で居る場合がある。こんな時には試みに分銅を三匁の処にやつてみれば三匁、一匁の処にやつてみれば一匁となり全く物理学的法則を無視した現象を呈する。』(「鎮魂帰神の極意」)

当時月見里神社では、帰神術は指導しても、鎮魂法は人を選んで指導していた。なぜなら審神者が鎮魂石を作るには、1~2週間にわたり毎日20~30分連続して生き石に天宇受賣大神の御分霊を鎮祭しなければならないからだ。故に誰それ構わず授けるなどということはない。

鎮魂石はその人専用にカスタマイズして作られるものなので、一度に一つしか作れない。しかも相当な労力を要する。授けられる日に、諸注意と共に鎮魂印を伝授されるが、言うまでもなく鎮魂印と帰神印は異なるものだ。ではなぜ友清氏は自信ありげに同じ印だと書いたのだろうか。それは、彼が幽の祓いのみで帰神術を受けていないことに起因する。

帰神術と言っても、前述したように暫くの間は、神主が穢れているため祓いしか行われない。その際、審神者は転霊をしないため、神主は帰神印ではなく、祓いを受けるための印を組むことになる。この時の印が、鎮魂印と同じ印なのだ。つまり友清氏は転霊を受けるレベルにすら達していなかったことを自ら表明していることになる。