本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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次に「鎮魂帰神の極意」に書かれている鎮魂石の重量増減の件だが、これは本田翁の書かれた文章の受け売りであり、大きな誤解に基づくものだ。自分の霊魂の質がその時々でコロコロと変わるとでもいうのだろうか。また、その後にいろいろ摩訶不思議な出来事を列記しているが、これも自分ができるとは書いていない。寄せ集めの信憑性のない情報の羅列に過ぎない。
結論をいえば、友清氏は大本教に失望して長沢翁の元に行ったものの、結局祓いだけしか受けられなかった。彼のレベルは鎮魂法や帰神術の指導を受けるには程遠く、また本人もそれらが簡単に会得できるものではないことに気づき、資料収集だけで静岡を離れた、という事だろう。
津城寛文氏が「本田親徳に始まる大本系鎮魂帰神説の系譜の中で、本田説を最も正確に受け継いでいると筆者に判断されるのは、友清歓真である」(「大本系鎮魂帰神説論考))と述べているが、実態を知らない妄言だと云える。
友清氏は正式な門人として修行できなかったが故に、本田翁の書かれたものを適当にコピーペーストし、門下の方々の言葉や資料を集め、それらしく編集し文章化しただけだ。それで「本田説を最も正確に受け継いでいる」といえるだろうか。
孔子は「子曰由誨女知之乎知之爲知之不知爲不知是知也」(為政篇)
「知るを知ると爲し、知らずを知らずと爲す。これ知るなり。」と言ったが、津城氏はこの言葉を自らの学問上の教訓とすべきだろう。筆者にとって津城氏の著作はまるで参考にならない。むしろ並木氏の論文の方に有益な点が多いと思う。