神道と日本の記事一覧

大和心

第1283回 道之大原(本田親徳翁)-3(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2026-06-13

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

孔子家語「魂は無形にて魄は有形なり」との説も見受けられる。顕界の活物は大国主神の所轄に係る、の論はこの通り事実と思う。又は国魂神、産土神の所轄と見ても差支えないかとも思う。大地球と云う面では確かに大国主神の所轄である。元来大国主神は、幽冥界の主宰である事は既に古典等に於いて知られている。

「真道問対(233頁)に「人‐魂神と為るは、これを天に属するか、これを地に属するか」との間に「雰囲気の内に在る者はこれを地に属し、雰囲気の外に在る者は、これを天に属す」とある。字解「雰囲気」地球を取りまいている気体=大気=空気であるが、これは元素と解くか、霊素と解くか、又エネルギーと説いてよいか、又問対(232頁)に「天神・地祗之弁は如何」の対「無形に在りては天神と曰ひ、有形に在りては地祗と曰う」ともある。

滄海窓間答(門人-佐々木哲太郎〇〇 千駄谷口副島邸−明治州1年7月12日抄録)

問「素戔嗚神と大国主神は、二神にして一神、一神にして二神なるは如何」

答「二神也、夫れ素戔嗚神は雰囲気の名を指し、大国主神は大地球の名を指す」とある。之等の点より思考するに有形なる魄は地に留まり、無形なる魂は天に帰るものと考えられる(高窪論、天国の説)

ともあれ、肉体を以って居る間は、自由な行動を取らして居られる。つまり譬え悪事をしても此れを守護して中止させる事は出来ない。唯その人の良心・良識に依る事で善悪の判断させるように任して置くものである。それ故に顕界では人間が形体を具えて居るから其の間は暫く放任して置いて、帰幽してから其の制裁を受ける事と成るの点を説かれてある。故に「悉く其の魂を守る能わざる理由は此処にあるのだ」と謂われている。

又蒼海窓間答「元素の神は如何」「天御中主。高皇産霊。神皇産霊。甘葦芽彦男。天常立。此の五神は実に精神元素と為す。故に別天神と称するなり」この様に書かれてある。(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)