神道と日本の記事一覧

大和心

第1329回 道之大原(本田親徳翁)-13(2/3)

著者:小山一夫 / 公開日:2026-07-18

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

訓

心を尊び体を卑むは善を為すの本也。体を貴び心を卑むは悪を成すの始なり、故に曰く善は天下の公共にする所なり、悪は一人の私有する所なり、身を致し力を尽すは善なり、(正心徳行は善なり)、不正無行は悪なり、均しく是れ神子なるも、其の相遠きこと恰も雲埿の如し、然らば是れ夫れ誰が過ちぞや。

解説

尊心……と説いて有るが真道間対(181頁)で次の様な問対がなされている。

◎大地球は死生無くして、而して万物に死生有るは如何。

△本体死生無くして、而して末体存亡有るなり。末体に存亡有れども、而して子承け孫継ぐ、猶存亡無きが如し。故に身体髪膚を重んぜざるべからず。

神は万体の始祖を造りしより、誰か各祖の形体と同じからざる者あらん。子承け孫継ぐの理(コトワリ)を知れば、則ち我が体は父祖の遺体たり、而して子孫は我が後身たるを知る。四海同胞、神人一系、身体髪膚の重んぜざるべからぎる所以なり。唯体なるは、霊有りて而して用を為す。而して霊なるは、自己の力徳の取る所にして、而して父祖の譲る所に非ざるなり。

夫れ身体髪膚を重んずるは、万物同じくする所の本情なり。本情有りと雖も、霊性有らざれば、霊情有らず。故に道義を知らず。道義を知らざれば、死するを善道を守るを知らず。万物の人に及ばざる所以なり。

此の項目に見る如く、体を軽んずる事は必ずしも善とはしない。其の昔を辿って行けば、神より授けられた゛体゛でも有る訳である。神は万物の始祖を造る、故に心、体共に重んずべきが惟神の道に随う意味であると思えるのである。