『道之大原解説 佐藤卿彦述 序
「道之大原」の原文は漢文のため読み難いので「訓」読みとし、更に「解説」したもの解説の内容に重複したものもあるが各条毎に解明されたものを素直に記載してある。
この解説の中に出てまいる「真道問対」の本文を探すために(ぺージ)を挿入した。
「滄海窓問答」とは副島種臣伯帰神術の神法により、その数九八問答を門人佐々木哲太郎が輯録したもの(千駄谷口副島邸)明治三十一年十二月七日抄録
「古語拾遺」=大同三年一巻斎部広成著国史家牒に依り本邦の古実を記録したもの。
「高窪論」=高窪良誠氏。「古法式鎮魂法・帰神術の神法」の著者の門人にして、昭和三十九年五月十八日発行の際の編輯兼発行者である。
一、本田親徳翁の学則
神の黙示は乃ち吾が俯仰観察する宇宙の霊・力・体の三大を以てす。
一、天地の真象を観察して真神の体を思考すべし
一、万有の運化の毫差なきを以て真神の力を思考すべし
一、活物の心性を覚悟して真神の霊魂を思考すべし
以上の活経典有り、真神の真神たる故由を知る、何ぞ人為の書巻を学習するを用ひむや。唯不変不易の真鑑実理あるのみ。
本田翁はこの三大学則を以て真神の霊・力・体について天・地・人との関係を教示するため「道之大原」並に「真道問対」に於いて「神術」に因り解明致したものと拝察いたすものである。』(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)

原文
人皆以為審判有死後而賞、罰不有生前、故軽干生而重千死、是乃蒙神誅之原。繋天獄之因者。神眼赫々固無幽顕、死生一理、何為訴二之。
訓
人皆以為(オモヘラク)審判は死後に在りて、賞罰は生前に有らずと、故に生を軽んじ死を重んず、是れ則ち神誅を蒙るの原(モト)にして。天獄に繋るるの因なり。神眼赫々固より幽顕無く、死生理を一にす、何ぞ之を二と為さむや。
解説
此の項は前の項の続きであるが、兎角古きよりの思想にて、罪を死を以て償うが如きは神意に反する事である。身体髪膚も豈て毀傷せざる事は孝の始めのみか、此れも神に仕えるの道である。
天獄はキリスト教の専売の言(字)句ではない。所謂、神誅・天罰・天誅の意味である。理(筋道)。「二之」の言い方は文章の飾りであって、数を指す事でなく、「他の理はなし」の意味である。(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)